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ローマ時代のモーゼル・ワインは渋みをぬくため石膏の粉末を混ぜて飲んだそうで、ワイン一つとってもやはり歴史に多少の進歩はあるのかもしれない。 元祖ローマ料理のレストラン「ドームシュタイン」の味付けは、わが弥生末期相当の時代以来の伝統を守っているのが自慢、「モーゼル」もいいが、蜂蜜酒などはいかが、とくる。
大浴場、野外劇場と並んでローマ遺跡として有名なポルタ.二グラも中世には教会として利用されたが、ナポレオンが旧に復させたもの。 それに対して大聖堂の方は中核こそローマ遺跡を利用したが、キリスト教会として次々に増築された複合体で、ここにはイエス・キリストの「聖衣」と伝えられる宝物がある。
イタリアのトリノにもキリストの「聖骸布」と伝えられる秘宝があり、その真偽をめぐって論議が絶えないので科学的調査が近年行われ話題になったが、トリーアの「聖衣」も滅多に公開されないので、たまたま拝観の機会に恵まれたら、それこそ奇跡というもの、僕のような不心得者にはまずは無縁であるらしい。 大聖堂の隣には聖母教会、広場の向こうに司教博物館、更に行くと今はプロテスタント教会らしいバシリカ様式の教会という具合にどこへ行っても歴史が重なっている。
バジリカ教会はコンスタンティヌスの玉座の間があった宮殿の変身だし、司教博物館にはコンスタンティヌスの母へレナと妻ファウスタの姿を描いたという天井画がある。 後妻だったファウスタは義理の息子との間を疑われ処刑されたが、義母とそりがあわなかったことも一因で、ヘレナは名からすると異教的美人を思わせるが、キリスト教を厚く保護したのにファウスタは…なにしろ古い昔のことだし微妙な問題であるらしい。
トリーアといえば、忘れられない名前をもう二人だけあげておこう。 一人はこの町に生家があるカール・マルクス、もう一人はこの町で亡くなり葬られたフリードリヒ・シュペー。
シュペーというと「ああ、戦艦シュペーか」などと思われるかもしれないからちょっとコメントすると、この人は二一十年戦争時代の人で、戦火と競うように猛威をふるった魔女狩りの不正を批判し、トリーアで献身的にペスト患者に接するうち自らも倒れたイエズス会士の詩人だった。 このシュペーという人やアゥシュヴィッツで亡くなったマクシミリアン・コルベという神父を思うと、僕のような俗人もしばし襟を正す思いにとらわれる。
ヴァカンスのパリなら車も少ないだろうと、一夏、コーブレンツを起点にモーゼル川を遡り、ルクセンブルクを通り、メッッを経由してフランスのオウトルート4号をひた走って、パリはバスティーュの近くに宿をとったことがあった。 ひどく暑い日が続き、トリーアで一泊した日は最高気温が二一七度、パリの夜も寝苦しく塵芥清掃車の音がやかましかった。

たぶんそのせいもあろう、モーゼル河岸のしたたるようなブドウ畑の緑と、かつて激戦の繰り返されたヴェルダン地方の、とあるパーキング・エリアの林の静寂とが、一層鮮明に記憶に残っている。 僕はその時トリーアを出てからモーゼル右岸を進んだのだが、左岸を行けばザール川との合流点を過ぎルクセンブルクとドイツの国境沿いの道となる。
つまりフランスのビュサン峠の西斜面から流れ出し、ヴォージュ山脈の西側を北に向かってロレーヌ地方を貫流、ルクセンブルクとドイツの国境を流れ、ドイツのラインラント・ファルツ州を流れる、この「娘」モーゼルも、「父」ライン同様、立派な国際河川なのである。 第二次大戦後この三国の協定でモーゼルの航路整備が行われ、合流点から二七〇キロ上流まで一五〇〇トン級の船が航行可能になった。
ドイツ領域だけでも二一の堰と間門が設けられたので、当初環境変化によるブドウ畑への悪影響が心配されたが、どうやら自然の回復力と人間の工夫が困難を克服したようだ。 一五二〇年、マインツから船でケルンまで下ったデューラーは、途中アンデルナッハで一泊した。
コーブレンツのライン・モーゼル合流点から少し北に流れ下った地点である。 ライン河はこの辺りからボンの手前まで、左岸をアイフェル山地、右岸をタウヌス山地にはさまれ、最後の渓谷風情を見せてくれる。
ボンから先はもはや行く手を遮る高地とてほとんどなく、気ままにうねりくねりながら、北海に向かってひた押しに押し流れていくのである。 そしてワインの産地もこのアイフェル山地からラインに合流するアール川流域がほぼ北限となり、その先はドルトムントに代表されるビール醸造が主役となる。
アンデルナッハも御多分にもれず古代ローマの要塞都市だった。 というより、バッハラッハ、オーバー・ヴェーゼル、ボッパルト、コーブレンツ、アンデルナッハ、ジンッイッヒ、レマーゲン、ボン、ケルンと、ライン左岸に要塞や駐屯地を鎖のように連ね、右岸には防塁を延々数百キロ築いて、東から接近するゲルマン諸部族に備えていたのが、年代的には弥生時代から古墳時代にあたる、古代ローマ帝国の「辺境」ゲルマニア州だった。

考古学的、文化交流史的には大いに興味ある事実だが、これをもってライン河は「ムカシから」「天然の国境」だった、ゆえに…などと主張すれば、それはためにするアナクロニズムで、ま、その手の絶対主義や国家主義の時代は、どうやら遠い過去の話になったらしい。 まずはめでたいことで、その上で少し歴史を振り返ると、ここアンデルナッハではかって東西フランク王国、つまりカール大帝の孫の代に分割され後のドイツとフランスの母体になる兄弟国の「ラインの戦い」があった。
八七六年のことである。 今は人口三万足らずの小さな町だが、中世初期のフランク王国時代には王宮のある重要な町だったからだ。
その後、中世から近世にかけて、つまり一四世紀から一六世紀頃がこの町の最盛期、今に残る「ライン門」や、円塔の上に八角形の望楼がのった「ルンダー・トゥルム」、そしてライン河畔の大「クレーン」が、歌にもうたわれた、かつての繁栄の名残である。 このクレーンはアイフェル山地からの石材の積み出しなどに大いに活躍したが、一六世紀も半ばの建設ゆえ、デューラーの目にふれることはなかった。
「ラインの戦い」といえば、第二次大戦も末近く、これより二〇キロほど北のレマーゲンがやはり、歴史に残る地名となった。 ノルマンディ上陸以来、東へ東へと進む連合軍に対し、後退するナチス・ドイツ軍はライン河に架かる橋を次々に爆破した。
ところがレマーゲンの鉄道橋だけはどういうわけか無傷で残っていたのである。 連合軍はこれを利用し右岸に橋頭墜を築いたのだが、物資や兵員の輸送がほぼ完了した時、橋は突然瓦解したという。
橋の残骸は後世への警告として一部が保存され博物館となっている。 ライン流域の大規模なブドウ栽培地として北限にあたるアール川地方は、ボンから車で一五分ほどで行け、ロマンティックな谷としても、またドイツでは比較的少ない赤ワインの産地としても、知る人ぞ知る穴場らしい。
僕は政府所在地というとなんとなく気ぶつせいで、ボン周辺にはあまりなじみがなく、アールの赤ワインは正直つい最近まで存在すら知らなかった。

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